官邸主導で骨太原案、財務省外し鮮明に 市場は動揺
官邸主導で原案作成
骨太の方針は、政府が21日に閣議決定するまでの過程で異例の展開をたどった。高市政権発足直後の2025年11月、経済財政運営の司令塔である城内実経済財政相は「自分たちで一から書く。財務省に原案をつくらせない」とし、高市早苗首相の経済ブレーンらによる検討チームを立ち上げた。
財務省外しと市場反応
骨太の方針は、概算要求基準の前に政策の方向性を示す仕組みとして2001年に始まったが、実務面での主導権は長く財務省が握ってきた。首相や城内氏が目指したのは、その実質的な主導権を財務省から引き離すことだった。
首相は6月25日の経済財政諮問会議で、「財政運営の目標として国・地方の総債務残高対GDP(国内総生産)比の安定的低下を中核と位置づける」と述べ、新たな経済財政計画の策定に踏み込んだ。検討チームや首相に近い議員連盟の案を踏まえ、「責任ある積極財政に基づく『中長期経済財政計画』」をつくることで、毎年の基礎的財政収支(プライマリーバランス)などの制約に縛られにくくする狙いがあった。複数年度にまたがる予算枠など、これまで財務省が慎重だった内容も盛り込む構成が固まった。
情勢が一変したのは、原案の全容が公表された6月30日だった。原案は「財政健全化」の文言を入れず、日本銀行についても適切な金融政策運営が「非常に重要だ」と強調した。これが市場の警戒感を強め、長期金利の上昇と円安進行につながった。
修正に向けた調整
一方、首相官邸は当初、静観の構えを崩さなかった。城内氏は周囲に対し、「各国で金利は上昇している。『骨太ショック』とあおることがマッチポンプだ」と話していたという。
官邸主導が強い政治情勢の下で、正面から異論を唱える省庁は見当たらなかった。市場の圧力が強まるなか、火消しに動いたのは正規のルートとは異なる経路だった。
片山さつき財務相は、自民党の小林鷹之政調会長に電話し、「金融政策の書きぶりを変えたい」と相談した。党側から修正要求を上げるよう調整を進めた。原案公表から1週間後の7月7日には、政府高官が「マーケットが騒がしくなっているので、日銀の自主性についての記述を脚注で追加しようと考えている」と説明し、党側の動きも踏まえて内閣府側と文言修正の調整に入った。
公邸での最終調整
9日には長期金利が一時、約30年ぶりの水準となる2.9%まで上昇した。最終的には「日銀法3条に基づき金融政策の具体的な手法は日銀に委ねられる」と明記するなどの修正が加えられ、市場は落ち着きを取り戻した。
その間、首相は公邸で自ら「ペン入れ」して最終調整に当たった。関係者によると、「週末は分厚い資料を早朝から深夜まで読み続けた」という。メッセージ性を重視した結果、今年の骨太の方針は近年の50ページ超から38ページへと圧縮された。
首相は15日の党首討論で、「閣議決定もしていない原案が(骨太)ショックの原因だと思っていない」と述べた。財務省から主導権を取り戻した形でまとめた初の骨太の方針は、皮肉にも市場と首相との距離を浮かび上がらせた。
この記事が役に立ったら、ぜひシェアしてください。